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地獄の黙示録

1979年米映画 監督フランシス・フォード・コッポラ 主演マーロン・ブランド、マーチン・シーン
ジョゼフ・コンラッドの名作「闇の奥」の映画化。かのオーソン・ウエルズが映画化を検討したが、断念せざるをえなかったほど難解な作品だ。未開なものに対する文明人の恐怖と、恐怖が生み出す殺戮(さつりく)、殺戮が生み出す恐怖、と人間の奥底に秘める狂気の連鎖が描かれている、などと簡単に説明できる代物ではない。おそらくは我こそが文明人と名乗る白人社会の人間で無ければ本質は到底理解出来ないのではないか、と思われるほどの焦燥感が全編に漂っている。
それは奇才ジョン・ミリアスがアクション作品としての脚本を仕上げたにも係わらず、である。
ベトナム戦争の最中、ベトコンが支配するジャングルの奥地に独自の帝国を築き上げたカーツ大佐。歴戦の勇士であり天才的軍人である彼は、その帝国を根城に虐殺の限りを尽くしているという。彼が軍から離れた理由は何か?その謎の解明と暗殺の使命を帯び、ウイラード大尉はメコン川を登る。
遂に辿り着いた時、ウイラードの前に現れたのは虐殺者とは程遠い哲学者のような面持ちのカーツだった。
夥(おびただ)しい数の髑髏(しゃれこうべ)に囲まれたカーツの住まいは、住まいというより砦(とりで)に近い。未開との戦闘に常に備えたねぐらと言える。
映画とは別に小説も紹介する。
文庫本にして二百ページに満たない短い小説はしかし人間の恐怖と狂気のスパイラルが渦巻いている。未開の恐怖と、文明の狂気が実は表裏一体なのではいか、というのが傍観者としての感想だ。あまりに有名な作品であるから読まれた方も多いと思うのでストーリーは割愛する。ただこの作品から感じるのはアフリカが暗黒大陸と言われた時代から世界は大して変わっていないということだ。現代の、自由と民主主義を旗印にした戦争そして経済のグローバリゼーションは恐怖と狂気の連鎖しか生み出していないかに見えるのだが。映画化にあたってコッポラが付けた「Apocalypse Now」(直訳すると現代の黙示録)という題名は今日にこそ通ずる言葉かもしれない。
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【2005/05/18 10:27】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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