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グラディエーター

2000年米映画 監督リドリー・スコット 主演ラッセル・クロウ
古代ローマ五賢帝時代の終焉のひとつのエピソードと言える。
哲人皇帝の誉れ高いマルクス・アウレリウスだが、不肖の実子コンモドゥスを後継者にしたことが唯一の汚点のように言われている。この映画のストーリーはそこに起点を置き、アウレリウスが実はアエリウス・マキシマスという高潔にして歴戦の勇者である将軍を後継者に決めていた、というフィクションを作り上げた。
ストーリーは自分の父であるアウレリウスばかりでなく、部下の兵士に民衆、あるいは元老院からまでも愛されるマキシマスに対するコンモドゥスの嫉妬を中心に組み立てられていく。
父アウレリウスを殺害、皇帝の座に就いたコンモドゥスはすぐさまマキシマスの故郷に兵を走らせ、妻と息子を殺害し、家を焼き払う。また、マキシマスを反逆者として追放する。
しかし、愚帝コンモドゥスの思惑に逆らい、コンモドゥスの姉ルシラがマキシマスを救いコンモドゥス体制の崩壊を目論む。ルシラは姉であったがコンモドゥスから近親相姦的な屈折した愛を求められていた。
最終的に、マキシマスはコンモドゥスと刺し違える形で死ぬ。グラディエーターの題名とおり、闘技場で剣闘士として。
ローマ五賢帝時代の最後の皇帝マルクス・アウレリウスはストア派哲学者でもあった。ストア派はストイックの語源になっただけあり、自己を厳しく律するに、自然をありのまま受け容れる忍耐を示している。
高潔にして勇者、禁欲的で犠牲的なヒーロー・マキシマスはマルクス・アウレリウスが著した「自省録」がヒーローとして登場したかのようだ。
『明けがたに起きにくいときには、つぎの思いを念頭に用意しておくがよい。「人間のつとめを果たすために私は起きるのだ」』(自省録より)
映画の冒頭、そしてマキシマスが運命に翻弄される度、マキシマスの回想シーンが登場する。それは村を隔てる大きな石壁のドアを開け、青々と伸びる麦の波の中を歩くマキシマス。その視線の向こうにはもくもくと、しかし楽しそうに農作業をする妻と息子がいる。父の帰りと平穏な日々の到来を、微塵も疑わないような幸せな笑顔。そしてエンディングシーン、闘技場で生き絶えようとするマキシマスの目に再び妻子の待つ麦畑が蘇る。ふと自分に気付く妻子。笑顔で走り寄る息子。遂に達しえなかった幸福な家に、ようやく辿り着いたのだ。
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【2005/05/18 15:12】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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